AC療法 初回体験|抗がん剤点滴の流れ・副作用・体調の変化【乳がん術前化学療法】

拭いきれない不安と覚悟を抱えて、AC療法へ

いよいよ、長い治療のステップ1である術前化学療法が始まったのは、2024年3月11日。
その日は、”何とも言えない緊張”と”静かな覚悟”が同時に胸にありました。

最初の治療はAC療法。
ドキソルビシン(商品名アドリアシン)とシクロホスファミドという、2種類の異なる作用機序の抗がん剤を組み合わせたもので、頭文字をとってAC療法と呼ばれています。

治療は3週間に1回を4サイクル。疾患にもよりますが、最近の抗がん剤治療は通院でできることが多く、私の場合も手術以外はすべて通院でした。

通院治療の流れ

毎回、治療の日はこんな順番で進んでいきます。

1.採血
  朝はとても混んでいて、30分以上待つことも多いです。
2.主治医の診察(採血から1~2時間後)
  その日の体調や血液検査の結果をもとに、点滴治療できるかどうかを判断します。
3.通院治療センターで点滴(治療OKの場合)
  ここでも待ち時間が1時間以上になることも…。

通院治療センターには、リクライニングチェアがずらりと並んでいます。
全部で70床くらいあるでしょうか。いつも満床で、「私だけじゃない。みんな闘っているんだ」と、胸がぎゅっと締め付けられるような、どこか覚悟が据わるような、不思議な気持ちになる場所です。

AC療法 初回点滴の体験(約60分)

指定された番号の椅子に座り、いよいよ点滴が始まります。
1.吐き気止め(15分)
2.ドキソルビシン(15分)←赤い薬剤で、見た瞬間ちょっとビビります
3.シクロホスファミド(30分)
4.最後に生理食塩水で終了

投与中は、鼻がツンとする感覚があるのですが、幸い具合が悪くなることもなく、無事に終了。離れて暮らす家族へ終了報告し、緊張がほどけて、帰宅してすぐにお昼寝してしまいました。
…このときはまだ、この後の体調の変化を甘く見ていました。

投与後の体調の変化

帰宅して数時間後、吐き気が始まりました。
処方されていた吐き気止めで何とか対処するのですが、その後3日ほどは具合が悪すぎて、ほぼ寝たきり。
少しずつ薬が抜けてくると動けるようにはなるものの、少し動くだけですぐに具合が悪くなる状態が続きました。

1週間くらいは、「生きるだけで精一杯」

抗がん剤はがん細胞を攻撃してくれる半面、正常細胞にも容赦なくダメージを与えるのだと身体で理解しました。

私にとって、これがダントツでつらかったです。
抗がん剤により味蕾細胞が破壊され、何を食べても食べてなくても、口の中がずっと”まずい”状態になります。
「味がしない」ではなく「甘い・苦い・しょっぱい」が、気持ち悪く混ざり合った”説明しにくい”まずさ”がずっと口の中にある感じ。

この状態が術前化学療法の約7ヶ月、つづきました。
「なんでこんなにまずいのに食べないといけないんだろう…」と泣きながら食事した日もありました。

今も、同じ副作用で苦しむ方が大勢います。
少しでも軽減できる新薬が一日も早く開発されてほしい。心からそう願います。

白血球が減少すると、ちょっとした感染でも重症化します。

まず、発熱。
解熱剤を飲んでも39度から下がらず、緊急入院となりました。
このときの白血球は1,900/μl(基準値3,300~8,600㎕)。
下限値の6割弱しかありません。

もう暑くなってきた6月の気温の中、ひどい悪寒で震えながら、
「これ、もう死ぬかもしれない」
もうろうとした頭で、そう思ったのを覚えています。

入院してからは点滴のおかげか回復は早く、微熱はありつつも3日で退院。

しかし束の間の日常生活、つぎの抗がん剤治療を継続して数日後、今度は膀胱炎に。
普通は抗生物質で改善する膀胱炎ですが、私はなかなか治らず、3回抗生物質を変えました。血尿が完全に止まるまで約10日間。
夜も昼もほとんど眠れず、トイレで気を失ったこともありました。

「生きるって、それだけで大変なんだな」
心の底から実感した出来事でした。

投与後はとにかく具合が悪すぎて、「寝る」ことしか出来ないのがしばらく続きました。
本当に1日20時間くらい眠っていた日もあります。

少し動けるようになってからも、自宅から100m先のスーパーに買い出しに行くだけで、途中で何度もしゃがみ込むほどの疲れ。

それでも「今日は買い物に行けた。すごい」と小さな小さな達成感を積み重ねて生きていました。

AC療法では爪が黒くなり、表面がボコボコになります。

薬が抜けてくる投与後3週間目は少し元気になるので友人と会ったりできるのですが、人前ではどうしても爪が気になります。
マニキュアを塗ってもみたけど、ボコボコなのできれいに塗れず、隠しきれません。

だいぶ後になって、付け爪をすれば良かった!と気づいたのですが、当時はそんな余裕もありませんでした。男性はさらに対処が難しいかもしれません。

精神的なショックはもちろんあるのですが、意外とつらくなかったのが脱毛です(他につらいことが多すぎた、というのが正直なところかもしれません)。

抜けるときは4日間くらいで一気に抜けてその時はショックなのですが、その後はウィッグ等で対処できます。髪を乾かす必要がないので、ドライヤーをしまいこみました(笑)。

脱毛については、また別の記事で詳しく書きたいと思います。

次のステップへ:ドセタキセル+抗HER2(ペルツズマブ+トラスツズマブ)療法

AC療法の4サイクルが終わったあとは、
ドセタキセル+抗HER2(ペルツズマブ+トラスツズマブ)を、また3週間に一度、4サイクル受けました。
副作用の出方は、少し違っていましたので、こちらも次回以降で綴りたいと思います。

新薬開発への願い

闘病の日々をこうして言葉にするのは、当時のつらさがよみがえって胸が苦しくなることもあります。
それでも、自分が治療を始めるとき、私は「生の声」が欲しくてネットを何度も彷徨いました。
「生の声」はときに不安を強めてしまうこともあるでしょう。
それでも、どこかで「ひとりじゃない」と感じる力にもなると思います。

同じように頑張っている誰かの、不安がほんの少しでも軽くなりますように。
そして、より効果が高く、副作用のない新薬が一日も早く届きますように。

もし、治療や仕事、これからの生き方について、誰にも言えずに抱えていることがあれば、今は答えがなくても大丈夫です。

よかったら、少しだけお話ししませんか。

サービスページはこちらをご覧ください。

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